昨日結婚式を挙げたばかりの新婚の2人の家に居候します。
昨日4月3日は山田夫妻の結婚式でした!おめでとうー!
山田夫妻についてはこれから詳しく書かせて頂くとして。
昨年の4月、10月と2度にわたり延期されてきた2人の待望の結婚式。
私が2人に初めて出会ったのは去年、2020年の8月。
この結婚式が予定通り去年の4月に開催されていれば、私は参加できていない。
コロナ禍で私が2020年夏からのデンマーク渡航を断念していなければ、
私は熊野へ戻ってくることはなかっただろうし、
山田さんたちと出会うことすらなかった。
それがなんと今、私は山田夫妻とともに暮らそうとしている。(さすがに別棟だけど;;)
なんかさ、、、すごいよねーーーー。しみじみ。
交わることはなかったかもしれない数奇な縁に感謝しながら
山田夫妻の人となりと、彼らが運営する多目的コワークスペース:権現堂について紹介したい。
山田夫妻
奥様のこのみさんは35歳。前職のホテルを退職し、
2年前、京都~和歌山の熊野本宮大社までの360kmの道のりを歩く「平成最後の熊野詣」を敢行し、新聞各紙に取り上げられた。
(新聞紙面をここに掲載)
熊野エリアでこのみさんのことを多くの人が知っているのはこの為もある。
このみさんは「平成最後の熊野詣」の際にSNSで自らが歩く全行程を公開し、参加者を募った。
SNSづたいに将来の旦那さんとなるよしのりさんから「一緒に歩きたい」と連絡が有り、全行程を一緒に歩くことになったとか。
よしのりさんも「平成最後の熊野詣」を控え、高校教員を退職している。二人そろって無職に(笑)
よしのりさんは39歳。
12年かけて大学を卒業した後、高校で社会科の教員を務めていた。
このみさんと出逢った時は既に四国八十八か所巡りやスペインのサンティアゴ巡礼も経験していた。
自称ニート。(私のこともニートと呼んでくる、まぁ否定できないが…)
よしのりさんは大学時代に哲学を専攻されていたり、
松尾芭蕉に詳しかったり、とにかくすごく聡明なニート。
権現堂
以前は「三里念法寺」という寺院だった、大きい家屋。
(熊野古道地図帳に載ってる「三里念法寺」の写真をここに掲載)
くまのこ食堂及びゲストハウスはてなしのオーナーである森岡さんから山田さんに紹介されたという。
権現堂(旧:三里念法寺)は私が3月まで住んでいたゲストハウスはてなしから車で2分。歩いても10分ぐらい。
顔の広い山田さんを訪ねて色んな人が権現堂に来るのが面白くて
私もしょっちゅうおじゃましては来客者と酒を酌み交わし、車を権現堂の駐車場に残して歩いてゲストハウスに帰ってた。
私が住まわせてもらっていた先月まではゲストハウスはてなしは宿泊施設としての機能がメインだったので
夜間のゲスト対応・施錠・館内消灯などを担う夜勤スタッフとして常駐し
寮費を相殺してもらっていた、つまりは家賃タダだった。んだけど、
ここ和歌山県田辺市本宮町へ移住してくる若者たちの居住地、シェアハウスへと姿を変えた。
これまでゼロ円だった家賃が発生することを危惧した私は、山田さんに相談。
すると「権現堂で住みなよ」とよしのりさんがあっさり一言。
「え、いいんですか??」ご好意に甘えさせてもらうことに。
熊野の隠れ家バー計画
広い権現堂の一角で私がバーを始める計画はいつから始まったのか。
そんなに前のことではないはずなのに、あまりはっきりとは思い出せない。
振り返ると、2021年の年明け1月に突如として本宮町に現れた“水道屋ユウジロウ”の存在が大きい。
ユウジロウは大阪、泉佐野に住む21歳の男子。
その経緯をお話しよう。
私と同じく先月末までゲストハウスはてなしの一室に住んでいた兵庫県川西市出身のゆうきくんは
TikToker(ティックトッカ―)で、俗に言うインフルエンサー。
普段は大阪で貰ってきたという動画編集の仕事をリモートワークでこなしている。
ユウジロウはゆうきくんのTikTokを見て、本宮までゆうきくんに会いに来た“ファン”である。
ゆうきくんが「僕のファンを名乗る人が来る」と言っていたのはよく覚えている。
ユウジロウはゆうきくんを自分の“推し”だと言う。
それを聞いた時私は、ずいぶん変わった子もいるもんだなぁぐらいにしか思っていなかった。
以後、ユウジロウは毎週末、本宮へ来るようになる。
ユウジロウが本宮へ来る際「何か要るものはないか」と私に連絡をくれるたび、
「洗濯洗剤」「サランラップ」「日本酒」などと答えていたが
何も思いつかない時があって、冗談半分で「特に何もないバーカウンター作ってよw」と言ったのが1月末。
父親が大工だというユウジロウはたった一人でこんな本格的なカウンターを作り上げてしまった。
しかも約3週間で。(ずっと本宮にいた訳ではなく、平日は泉佐野で仕事をしながら)
その後、ユウジロウは椅子5脚と酒瓶のディスプレイ棚も作成。
私はここまで用意してくれたユウジロウに心底驚いた。
以来、私はバー開業に本腰を入れるようになる。
まとめ
何も考えずにいたら、今の場所に流れ着いていたというのが私の正直な感想であるが、
ここ数か月で起きた色々が相関し、連鎖してきた。
不思議な縁を感じずにはいられない。
ヨーロッパで優雅な生活を夢見ていた私は、紀伊半島の真ん中で自分のバーを始めようとしている。
この4月から若い移住者も増え、
今後の本宮町から目が離せない。